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【 倍々ゲーム 】

 …――目指せッ! 一千万部。

 目標は飽くまで高く、且つ、現実可能なるものではなくてはならない。ゆえに一千万部を目指すのだ。一歩一歩。俺は売れない小説家。まったく売れない。しかし志だけは大きく、いつかきっと目標を達成できるものだと信じている。

 今はまったく販売部数が伸びないが、それでもいつかは倍々ゲームで増えていく。

 二倍、四倍、八倍……、と際限なく増えてゆくのだ。

 俺はそう信じている。

「先生……」

 悲しそうな顔をして担当編集がうなだれる。

 皆まで言うな。

 分かってる俺が書き下ろした書籍の販売部数がヤヴァイんだろう?

「先生。本当にお願いしますよ。こんな事態は我が出版社始まって以来の大問題ですよ。このままでは先生どころか、担当編集である僕もクビになっちゃいますよ」

 大丈夫。

 なにか一つキッカケさえ掴めればあとは早いと思うぞ。

 なにせ倍々ゲームで増えるだろうからな。

「先生がデビューしてから出版した書籍の数は三冊。対して三冊併せての合計販売部数は0です。0冊ですよ。0冊。本当に分かってます? ハア、頭が痛い」

 大丈夫だ。

 0冊が二倍になり、0冊。四倍になり0冊。八倍にって……。

 えっ? ええぇぇぇえッ!

倍々ゲーム、了。

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【 近代化 】

「本当に橋を架けるんですか。架けられるわけないでしょう」

 私は目を見開き白黒させる。

 橋を架ける仕事を中心に受けている私。そんな私にとある有名な川へと橋を架けてくれとの依頼がきたのだ。しかしある理由で川には橋が架かっていなかったのだ。

 あの川は……

 髪をもみくちゃにして葛藤する。

 かの川は今の今まで情緒がある手こぎの船で渡っていた。確かに橋を架けるとどれほどの人が助かるか計り知れない。しかし、これまでも渡し船で良かったであろうし、これからもこのままでいいと思う。もちろん周囲の景観や風情なども考慮すれば橋などない方がいい。少々不便さは敢えて残した方がいいのだ。

 利便性を追求するのは世界遺産を破壊するのと一緒。

 少なくとも私はそう思う。

「えっ。高速道路をおっ建てて電車を走らせるだって? し、信じられない」

 近代化の波はまた一つ日本の情緒、いや、世界的な風情を破壊するのか。そうは思ってはみても高速道路があったり、電車が通っていれば多くの人が助かる。便利になる。だからこその私への依頼なのだ。

 …――あの川に橋を架けるべきか、仕事を断るべきか。

 頭を抱え悩む。

 便利さを追求すれば犠牲にするものは大きい。そして便利だという言葉だけでは割り切れないものがあるのも、また真実。邪推すれば橋を架けた後に有料化にでもして通行料を徴収するつもりだろう。まったく端迷惑な話だ。

 いやはや末期の資本主義だな……。

 また考える。

 私はこれまで日本全国津々浦々に橋を架けてきた。橋を架け、苦労が軽減された人々の笑顔も沢山見てきた。しかし今回の依頼には承伏しかねるほどの憤りを感じていた。くどいようだが、あの川に橋は似合わない。船で渡るからこそ、それなりの意味があるってもんなんだ。

 君もそう思うだろう?

 …――三途の川に橋を架けるのは止めた方がいいとね。

「やっぱり止めましょう。このままが一番です」

 と答えた。

「じゃ、川の下を通るトンネルにしようか」と返ってきた。

 いや、一緒だってばさ。馬鹿ちんが。

近代化、了。

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【 裁き 】

 …――私は一回死んだ。

 精神的に死んだのだ。乗っていた船が氷山にぶつかり沈んでしまった。しかし沈んだだけでは死んだとは言い切れない。現に柔らかな布団にくるまれ、別の船であろう暖かい船室で天井を見つめている。

 自分の手を見つめる。

 足を触る。

 確かに手があり、足がある。間違いなく生きている。無論、精神的に死んだのであるから肉体が生きているのは当然なのだが。首を動かして周りを確かめる。

 髭が凛々しい老紳士が一人。

 見覚えがない。

「気づかれましたか? あなたは漂流していたんですよ。近くを通りかかった我々が拾いあげました。しかしまだ水の上です。船の中ですよ」

 一つある窓から外を眺める。

 どこかの洋上であろうか、波が立ち、ゆっくりと船は進んでいる。

「助かったのか……、いや、助かるべきではなかった」

 吐露する。

「何故です?」

 老紳士が髭を触って、不思議そうな表情で見つめる。

「私は人殺し。いや、人殺し以上の悪漢。漂流する内に死にそうなって救命ボートに乗った仲間を殺して食べたのです。無論、いくら緊急事態であろうと許されません」

「ほう」

 と老紳士が頷いた後、うつむき黙る。

 微かに肩が揺れている。

 殺して食べたからこそ先述したよう精神的に死んだのだ。後悔に抹殺されたのだ。いまだにしかっと脳裏に焼き付く仲間の死に顔。襲った時の驚いた顔と憎しみに変わる顔。

 私は唾棄され恥ずべき人間。

 死ぬべき人間。

「……大丈夫ですよ。あなたは我らに拾い上げられた」

 老紳士がうつむいたままつぶやく。

 漏れ聞こえる笑い声。

「?」

「さて、話も終わりです。どうやら着いたようですよ。あるべき世界へと」

 あるべき世界だと?

 窓へと駆け寄り、外を覗き込む。そこには海はあってはならないものがあった。目の前に百花繚乱な陸地があり、逆方向を見つめるとそこには海にはない対岸があったのだ。確かに対岸だ。ここは入り江? ……いや、河口か?

「ここは三途の川原」

「!」

「私どもが乗っている船は幽霊船」

「そんな馬鹿な……」

「そして我々は地獄の獄卒。あなたへの裁きはこれから閻魔大王様が下される事でしょうね。それまで、どうぞ良き旅路を祈っております。ククク……」

 と老紳士がこれ以上なにも言うまいと笑った。

裁き、了。

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